毎日麺類

19歳。僕の話と映画感想の両方。ネタバレします。

『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』

Filmarksで、見た映画を記録しているのですが友達にフォローされてしまっていて感想文を読まれるのが恥ずかしいので、ここに書くことにします。映画全体の感想というより、映画と僕の人生が重なった所を深掘りしていくという形で書きたいです。なのでカメラワークだとか演出だとかそういう感想文ではないです。

 

【ネタバレします】

 

5月8日に『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の吹き替え版を見ました。本当は字幕で見たかったのですが、近くの映画館が吹き替えでしかやってなかったので泣く泣く吹き替え版。見終わった感想で言うと、「僕は絶対字幕で見るべきだったな〜」となっちゃいました。

クッパの歌は英語音声で聴きたかった。

 

いきなりネガティヴなこと言っちゃったけど、映画全体のクオリティはものすごく高い。90分という理想の上映時間の中に、かなりの数のエンタメ要素が詰め込まれていて楽しめました。ただ、ずーーっと音楽が鳴り続けていて10秒以上、静かなシーンがなかったのが疲れちゃいました。子供を退屈させないようにしたいのはわかっているんですけどね。

 

ここから感想の本題です。僕はこの映画で物凄く感動セリフが2つありました。

①「可愛いだけは飽きました」

②「センスがあれば惚れます」

これです。

 

まず①のセリフはキノピオというキャラが言ったセリフです。

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キノピオは自分が可愛いのを自認していて、さらに誇示します。「僕たちこんな可愛いのに!」みたいなことを言ってた気がします。そしてマリオとピーチと旅に出ることになったキノピオが①のセリフを言うのです。昨今、SNSを見ていると自撮りをして「自分は可愛い!」とアピールしてくる人が多いですよね。それ自体は「自己肯定感」が高くていいことだし、承認欲求が満たされて幸せになれるのなら楽しい遊びだなと思う。だけど、可愛いだけな人が多いなーと感じてしまうんですよね。可愛いから周りが寄ってきて受動的になってる人っているじゃないですか。そういう受動的な可愛い人と同じ課題に取り込もうとすると面倒臭いんですよね。会議とかでは全然発言しなかったりするし。なんかたぶん可愛いからこそプライドが高くなって恥をかきたくないから、なるべく主体的に行動しない選択をとっているのかなと勝手に思ってしまいます。ずるーーい、僕は恥ばかりなのに。

 

けど今回のキノピオは違います。今まで可愛いことに甘んじてきたけど主体的に動いてみます!という意思を「可愛いだけは飽きました」に感じたのです。素晴らしいキノピオ。けどこの後のマリオカートのシーンでまた可愛いに逃げてた気がするけど、まあいいや。

 

次は②の「センスがあれば惚れます」というセリフです。これはピーチ姫とマリオが一緒に旅をしていることに嫉妬したクッパが、ルイージに「ピーチはマリオのこと好きになると思うか」と質問してそれのルイージの回答です。

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素晴らしいですよね。このセリフは感動しました。マリオの見た目って普通なんですよね。低身長だし、お腹少し出てるし、お髭だし、赤い。職業はフリーランスの配管工。そんなマリオの相手は国の女王。普通は結ばれないですよね。ピーチが高嶺の花です。

 

けど、ルイージはピーチにセンスを要求しているわけですよね。マリオはモテる要素をあまり持っていないだけで、素敵な男性なのは間違い無いと確信している感じ。さらにそれに気づける女性が必ずいると信じているし、その人はセンスがあると評価する感じ。いいね〜。世の中にはモテる要素というのがある。例えば身長高くて、顔がカッコよくて、少し痩せてて、勉強できて、高収入とか。そういう人が魅力的だし好きになるのは当然だけど、それらを持ってなくても魅力的な男性は世の中にたくさんいる。そういう人の良い所を惚れることができるセンスを持っていたいですよね。

 

2つのセリフを深掘りするっていうだけの感想になってしまいました。具体的な感想を読みたかった人ごめんなさい。こんな感じで僕の超個人的な感想を書いていけたらいいです。